図書館、資料館に書き溜めてきた日記やSS(小説)を保管するところ。
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走って、走って、人目の集まるワイバーンタクシーの発着所の様子に耐えきれなくなって逃げた先――。
段々喧騒が聞こえなくなってきて、段々静かな波音だけがこの耳に届くようになってきた。きっとここは街の外れ。
胸が痛い。痛い。苦しい。そういえば怪我していたんだった。まだ治っていないんだった。
痛い。徐々に息がしづらくなってきて、今にも呼吸が止まってしまいそうな気持ちの悪い心地で、
段々喧騒が聞こえなくなってきて、段々静かな波音だけがこの耳に届くようになってきた。きっとここは街の外れ。
胸が痛い。痛い。苦しい。そういえば怪我していたんだった。まだ治っていないんだった。
痛い。徐々に息がしづらくなってきて、今にも呼吸が止まってしまいそうな気持ちの悪い心地で、
「あ゛っ……」
ずしゃりと転んだ。砂だ。砂に直面した。じゃりじゃりしている。
海沿いの発着所からいつのまにか、砂浜になっていた。
口の中や眼の奥に入り込まんとする砂と、今までの胸の苦しさが組み合わさって重なってやってきて、激しく噎せた。
「ッッ――――!!」
窒息しかねない、その状況から咄嗟に本能的に逃れようとした。すぐさま起き上がろうとして、でも力が入らなくてまた砂中へ落ちる。それを繰り返して、
痛い。痛い。痛い。痛い。苦しい。嫌だ。
暫く悶え苦しんで、何度ももがくようにしてようやく、上体だけ起こし上げる事が出来た。
まだ胸が苦しい。呼吸が上手く出来ない。荒く短い息を何度も零す。気持ちが悪い。
膝に力なんて入らない。立ち上がれない。
そうして起き上がって初めて……周囲の暗さに、気付いた。日は、とっくに沈んでいた。まだ浅いながらも夜の闇が、この海辺を覆っている事に気付く。
周りには何の気配もない。ひとりだ。
波の音が虚しく、耳の奥にまで静かに響く。
闇と海。冷たい色、冷たい自然の気配。――なんて、寒いのか。そうだ。また今年も、夏が終わった。終わっていたんだ。
――濁った緑眼がおもむろに動く。無意識が何かを求めるように。何を求めたかなんて、自分自身にさえわからなかったけれど。
波が打ち付けられて湿った大きな岩場、闇色の静寂を纏った海原が、仄かに月明かりを灯す。冷たい砂の海にも囲まれて、
ふと見上げた先には、高い崖が聳え立っていた。嗚呼、あれは――――
「……っ……!!」
緑眼が大きく見開いて、すぐに逸らして俯いた。こわいものが、崖からあのこわい光景がフラッシュバックの如く流れ込んできて頭を強く抱える。
銀髪がぐしゃりと、握り潰されて、震えて、
「なっ、ん、で…… なん、で……?」
ベリー。ベランジェール。見た目同い年くらいだった小さなエルフの少女。
僅かな温もりを一瞬だけ、思い出した。ずっとずっと前、不意に自分に縋るように抱きついて謝ってきたあの光景、或いは――彼女が奴隷だと聞いたあの日の光景。
放し飼いされていた奴隷の少女。でもそこに本当の自由はない。
自由を願おうとして、願えなかった、苦しそうな姿が、一年以上前、それこそこんな感じの砂浜の中で見た姿が、雪の中に在った白が、厭というほど鮮明に思い出される。
そして、自分が最後に見たのは――手合わせのあと、帰りの馬車の中から大きく手を降る彼女の姿。
あの時、自分の甘さの為に満足な手合わせをさせられなかった、反省があった。だから、次は全力で彼女に挑もうと決意していた、
でも、……でも、……――――
もう、
触れる事も、話す事も、会う事も、元気な姿を見る事さえ、もう、もう、何も出来ないと言うのか?
信じたくない。彼女の弟を名乗ったベルンジェラルドの言葉だけを証拠にここまで信じ込んでる自分の心が憎らしくさえ感じた。
実際にこの眼で見て確かめるまでは、信じるわけには、いかないのに――……
泣いた。消えそうな声で、泣いた。ひとりで、頭を抱えて、嗚咽を激しく零す。寒くて、寒くて、凍える、
また、また、一人。また一人、失ったんだ。
、 、 、 、……――ごにんめ。これで、五人目だ。
もう、こんな事は御免なのに。何度も、何度も、続いて、何度も、何度も恐がる。これが、こんなのが、嫌だから、あんなにも、恐く感じる。
それでも、まだ、これだけ失っても生きてられるのは、壊れないのは、――まだ、一番、一番失いたくない大切な人が、無事だから、――……でも、やっぱり――――。
ベリー。もし、もし、本当に、あの生活が嫌で、自由になりたいと願ったなら、自分は、――――。
「本当の願いは何?」ともう一度問う事さえ出来ない。
あの時、無理にでも深く立ち入ってみるべきだったのだろうか? 立ち入っていれば、こんな事には? 二度と会えない、なんて事にはならなかった?
否――……そもそも、何で、何で、死んでしまったの?
何で?
泣いているうちに、少しずつ、思考が冷静になりだした。
そもそも、自分はベランジェールの死の真相を知らない。病気? 事故? 奴隷の関係? それとも――?
一番考えたくない推測は振り払った。
そうだ。ベルンに、ベルンジェラルドに、聞かないと。何故、そんな事になったのか? 知らなければならない。
集まりだす人目をそっちのけに逃げてきた。振り返りもしなかった。彼を取り残して逃げたあの後、どうなったかも理解してない。詫びも、しなければ。
そして、それで彼の教えてくれた土地――――森の奥の白い花の咲く開けた土地。そこに行かなきゃ。行かないと。
涙の動きが少しずつ弱まりだした。何も見たくないと恐いと逃げるように俯き激しく抱え込んでいた手の力が緩む。
その時――自分の元に、ふわりと舞い降りる一つの光。――ベルンが送ってきてくれた光だとは考える余裕もないまま――
「あ、」
するりと両手が降りて、見上げた。淡い光だけを見た。あたたかくて優しい色。
ぱちり、と瞬いて、少しの間見つめて、
手を伸ばした。触れた。すり抜けるのかもしれないけれど。その光に指先を伸ばした。
そして、思い出す。冷たい記憶の上に浮かんでくる、温かい記憶、
「……かえ、らなきゃ」
そうだ。帰らなきゃ。これのような温かい光の灯る場所へ。自分にはもう帰る場所がある。帰れる場所がある。帰るべき場所がある。
ひとりで泣く必要なんてない。もうとっくに、孤独なんかじゃないんだから。まだ、保っていられるから。……
目元を袖で拭う。また、腫らしてしまった。
光は変わらず、自分の周りを照らすようにその場を舞っている。
立ち上がる。未だ力の入りづらい足だけど。覚束ない足取りで、踵を返した。少しだけ振り向いて、崖を見てから、すぐに目線を真っ直ぐ前に戻して。
向かう先は、決まっている。
ゆっくりゆっくり砂を踏んで、暫くは光と共に。
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